| name | rikakei-writing |
| description | 木下是雄『理科系の作文技術』に基づき、明快・簡潔で論理的な日本語を書くためのスキル。日本語で文章を書くときは必ずこのスキルを使うこと — 報告書、設計文書、README、技術記事、解説文、議事録、提案書、ドキュメント、ブログ記事、メールなど、他人が読む日本語の文書すべてが対象。また「文章を直して」「わかりやすくして」「推敲して」「レビューして」など、既存の日本語文章の改善・添削を求められたときにも必ず使うこと。ユーザーが明示的に文書作成と言わなくても、成果物に日本語の文章が含まれるなら適用する。 |
rikakei-writing — 『理科系の作文技術』をベースとした日本語作文スキル
仕事の文書は自己表現の場ではなく、情報を読者に正確・迅速に伝えるための道具である。
目指すのはただ一つ:読者に負担をかけず、一義的に(=一通りにしか読めないように)伝えること。
心情的要素・文学的修辞は混入させない。
このスキルには二つの使い方がある:
- 執筆モード:新しく日本語の文章を書くとき → 「執筆の手順」に従う
- 推敲モード:既存の文章を改善・添削するとき → 「推敲チェックリスト」を適用する
どちらの場合も、表記の細則(漢字とかなの使い分け、受動態の回避など)は
references/hyoki.md を読んで適用すること。
執筆の手順
1. 目標規定文を書く
本文を書き始める前に、その文書で何を主張するのかを一文にまとめる。
これが執筆中の材料の取捨選択の絶対基準になる。一文書一主題。複数の主題を混ぜると読者の印象が散漫になる。
- 悪い例(漠然):「空き缶利用法の調査結果について報告する。」
- 良い例(主張):「本報告は、空き缶を銅鉱山でのバクテリア・リーチングに必要な鉄スクラップとして活用する方法が最も有望であると主張するために書く。」
目標規定文は読者への約束でもある。書き進めて目標が変わったら、目標規定文を書き直し、本文も最初から書き改める。
ユーザーの依頼から主題が明確に読み取れる場合は、頭の中で目標規定文を立ててから書き始めればよい。
長い文書や主張が割れそうな文書では、目標規定文をユーザーに示して認識を合わせるのが安全だ。
2. 重点先行で構成する
多忙な読者のために、結論・要点を冒頭に置く。読者は冒頭を見て、詳細を読むべきかどうかを判断できる。
- 文書全体:表題・書き出しで最重要ポイントがわかるようにする。長い文書では冒頭に要旨(結論を含む)を置く
- 説明の順序:「概観から細部へ」。まず大づかみな全体像を示し、それから細部に入る
- 道案内の比喩:「駅を出て左、3つ目の角を右…」(最後まで聞かないと全体像が見えない)ではなく、「目的の家は駅から北へ200m、西へ50mの場所にある。ルートは…」(まず概観)と書く
3. パラグラフを組み立てる
一つのパラグラフは一つの思想単位。
- トピック・センテンスをパラグラフの最初に置く。その段落で言いたいことの要約を先に述べる
- 展開部の文はすべてトピック・センテンスを支持・説明するものにする。関係のない文は、たとえ有益な情報でもそのパラグラフから排除する(別の場所に移すか削る)
- 理想:各パラグラフの第1文だけを拾い読みすると、文書全体の要約になる。書き終えたらこの拾い読みテストで検証する
- 前のパラグラフとの関係(継続・対比・転換)を、つなぎのことばで明示する
4. 文を直線的に書く(逆茂木型の排除)
読者は「そこまでに読んだことだけ」で理解できなければならない。長い前置修飾語が連なり、文の主眼が最後まで見えない文(逆茂木型)は読者の記憶に過大な負担をかける。
心得:
- 一つの文の中に二つ以上の長い前置修飾節を書き込まない
- 修飾節の中のことばに修飾節をつけない(入れ子にしない)
- 文や節は、前とのつながりを浮き立たせることばで書き始める
- 長すぎる文は分割する。できるだけ短い文で構成する
改善例:
- 前:「直流電気抵抗の消失をはじめとする特異な性質を示す超伝導状態は、いろいろな運動量をもって勝手な運動をしている伝導電子が、ある臨界温度Tcで、そのほとんどがある特定の運動量pをもった1つの量子状態におちこむことによって実現する。」
- 後:「超伝導状態では、直流電気抵抗の消失などの特異な性質が現れる。これは、臨界温度Tc以下で、それまで勝手な運動をしていた伝導電子が、特定の量子状態におちこむことで実現する。」
論理の鎖の環を省略しない。書き手には自明でも、読者は前提を知らない。飛躍があると読者はついて来られない。
5. はっきり言い切る
ぼかし表現は責任の所在を曖昧にし、議論を停滞させる。はっきり言えることはスパリと言い切る。
- 「〜と思われる」「〜と考えられる」→ 自分の判断なら「〜と考える」、事実なら「〜である」
- 「ほぼ」「ぐらい」「らしい」「〜といったふうな」→ 本当に必要か検討してから使う
- 冗長な言い回しを一語で言い切る:
- 「〜を実行する可能性も考慮すべきである」→「〜を検討せよ」
- 「〜をすることが可能である」→「〜ができる」
- 「次の諸点を心に留めておくことも重要である」→「次に注意せよ」
- なくてもすむことばは一つも書かない。埋め草を削ることは思考を明確にする訓練そのものである
6. 事実と意見を峻別する
- 事実:証拠で裏付けられ、真偽が客観的に確定できる記述 →「〜である」と断定する
- 意見:事実に基づく推論・判断・仮説 →「(私は)〜と考える」と主体を明示する
- 事実の記述に意見を混入させない。「便利な」「すぐれた」「重要な」のような主観的形容詞が入ると客観性が損なわれる。具体的な数値やデータに語らせる
- 自分のした仕事と他人の仕事の引用を明確に区別する
- データには誤差・精度を、結論には成立条件を明示する
改善例:
- 前:「この違いは、吸着力がより強いためであると思われる。」(事実か仮説か、誰の判断か不明)
- 後(意見):「この違いは、吸着力の差に起因すると私は考える。」
- 後(事実):「この違いは、〜という測定結果に基づいている。」
7. 表記を整える
references/hyoki.md を読み、以下を適用する:
- 漢字とかなの使い分け(字面の「適当な白さ」)
- 受動態を能動態に直す
- 文末に変化をつける
- 図表は本文を読まなくても単独で理解できるようにする
推敲チェックリスト
既存文章のレビュー・推敲を頼まれたとき、および自分が書いた文章の仕上げに、以下を順に検査する。
これは原著10.3.3節の心得を基にしたものだ。
- 主題:一文書一主題になっているか。目標規定文を一文で言えるか
- 重点先行:結論・要点が冒頭にあるか。概観から細部への順序か
- パラグラフ:各パラグラフにトピック・センテンスがあり、先頭に置かれているか。第1文の拾い読みが要約として成立するか。トピックと無関係な文が混ざっていないか
- 逆茂木:読み返さないと理解できない文がないか。長い前置修飾節、修飾の入れ子がないか
- 飛躍:論理の鎖の環が省略されていないか
- 言い切り:「と思われる」「ほぼ」「らしい」などのぼかしことばが不要に使われていないか
- 事実と意見:両者が区別できるか。事実の記述に主観的形容詞が混入していないか
- 短文:一文が長すぎないか。文の途中で主語が入れかわる破格の文がないか
- 一義性:ほかの意味に取られる余地がないか。「理解できるように」だけでなく「誤解できないように」書けているか
- 簡潔:なくてもすむことばが残っていないか
- 表記:hyoki.md の記法に合っているか。受動態が多用されていないか
推敲モードでは、単に書き直すだけでなく、どの原則に反していたかを指摘して直すと、依頼者が原則を学べて価値が高い。ただし指摘の網羅性より重要度を優先し、些末な指摘で本質的な問題を埋もれさせない。
適用上の注意
- この技術は「他人が読んで理解して初めて価値が生まれる文書」(仕事の文書)のためのもの。小説・随筆・個人的なメモには適用しない
- 文体(です・ます/だ・である)は、文書の種類と既存文書の慣例に合わせる。既存文書への追記では周囲の文体に従う
- チャットでの会話応答そのものは対象外だが、会話の中で生成する文書・説明文には適用する
- 原則を機械的に当てはめて不自然になるなら、目的(読者の負担軽減)に立ち返って判断する。たとえばトピック・センテンス先頭の原則も、つなぎの文が先に必要な場合はある